僕の(44歳からのだらだらした)英語学習人生

44歳まで英語弱者だった僕が英語を独学し、50歳で、英検準一級、Toeic 820点を取得するまでの、長くてダラダラした道のりを振り返ってみました。

44歳のある日、突然英語を学びたくなった。英語なんか全く縁のない生活をしていたけど、なんの脈絡もなくそう思った。

かと言って、どうして良いのかわからなかったので、当時住んでいた場所に近い川崎の書店に参考書を買いに行った。当時は、今と違ってそれほどネットが発達していなかったので、予備知識なしで行った。けっこう長い時間をかけて選んだのが、単語帳DUO3.0だった。

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5000語レベルの単語(英検2級、Toeic500レベル)と540の例文が載っており、別売りのCDを買うと全例文の音声が聴ける。当時の僕は高校出て以来英語に触れたこともなく(音楽学校へ進学したので)、完了形の何たるかすら憶えてていない英語弱者だった(笑)DUOに載っている単語も知らないものばかりだった。挫折しながらも何とか540の例文を丸暗記した。これをやり遂げられたのは単にチカラ技。僕のアスペルガー気質(同じことをやり続けるのが得意、楽器の練習にも向いている)のせいもあると思う。結果的にはこれを選んだのは正解だった。この単語帳の例文をひたすら音読し、だらだらと3年かけて(飽きて全く手にしないことも何度もあった)およそ50周くらいした時には英検2級に合格した。(この単語帳を丸暗記するだけで誰でも英検2級に合格できると思う)ちなみに二次試験の面接は満点だった。この日は、2級と準2級を同時に受けたのだが(英検は隣り合った2つの級の同日受験ができる)、準2級の会場は女子中学生、2級の会場は高校生ばかりで少し恥ずかしかった。僕の年齢だと、受験生というよりは引率の先生みたいな歳のおっさんだったから(笑)

この単語帳を50周もすると例文はすべて暗記出来ているし音読で口にも馴染んでいるので、例文の一部でも引っ掛かれば瞬時に文の全てが思い出せるようになる。暗唱出来ているせいでリスニング力もついて英検2級くらいのリスニングなら苦労しない。この時期、中学生だった娘にもこの本を買い与えて一緒に勉強した。娘の成績は爆伸びして中2で2級、高1で準一級に合格して、のちに東京外国語大学国語学部ドイツ語科に現役合格した。

娘が中2のとき、一人でニュージーランドへ2週間短期留学へ行ったことがあった。ある英語コンクールで優勝してその賞品として与えられてのだ。現地では、あるお宅にホームステイしていた。14歳の娘がよくも一人で行ったものだと今でも感心するが。帰りは、いろいろあって僕が(1人で)ニュージーランドまで迎えに行った。僕にとって初めての海外旅行が1人旅だったが、生来楽天家の僕に不安はなかった。。突然の渡航だったので、4日前に予約した航空チケットは高額(35万円くらいだった。)だった。

その旅行を通して、英検2級はかなり使えることがわかった。機内で隣合った人(ニュージーランド人の男とドイツ人の女性のカップルだった)との会話。CA(僕のズボンにシャンパンをこぼした)との会話。オークランド市内でホテルのチェクイン、買い物、レストランでのやりとりには苦労しなかった。道を尋ねたコンビニのおっさんとは気が合い「友達」と呼ばれた。2泊した2日目、娘のホームステイ先に招待され、ホテルをキャンセルして泊めてもらった。その夜は庭のバーバキューでもてなされた。その際数時間、ご主人と英語で話していたのだが、何とかなった。ご主人は、留学生を受け入れ慣れている方で、ノンネイティブとの会話に慣れているのだろうとは思ったが、それでも2級のレベルがあれば充分、海外で一人で旅行できるのだと思った。

 

2級合格後すぐに英検準一級の勉強を始めた。本当は2級に合格したらもう英検はやめようと思っていたのだが(だって50になろうとしている僕には英語を学ぶ必然性は全くなかったので)、どうも「2級」の「2」という響きが気に入らず、「1」と言う響きを手に入れたくなったのだ。しかし仕事しながらの中年おじさんには準一級への道は思ったより険しかった。まず単語の壁。単語レベル5000語の英検2級くらいまでは何となく想像力でカバー出来た単語も多かったが、7500語レベルの準1級の単語になると、抽象的な意味を持つ単語が増えて、意味を推察すのも、暗記するのも苦労した。次に文法の壁、僕は文法の知識をほとんど持っていなかった。2級までならそれでも知っている単語を適当に繋ぎ合わせて何とか理解できた。しかしそんなやり方は準一級の長文理解では歯が立たない。

さらに厄介だったのはリスニング。文がとても長くなるので聴いているうちにワケがわからなくなった。原因は中高で教わった「帰り読み」だ。特に関係代名詞を含む文だとお手上げ状態だった。帰り読み的理解だと、準一級レベルのリスニングには全く太刀打ちできない。あまりに進歩しないので一時は取得を諦めかけたが、試行錯誤の結果、リスニングに特化した教材「スーパーエルマー」を使うことで乗り切った。

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この教材は以前から知ってはいたがネーミングが胡散臭いので敬遠していた。しかし、いろいろ調べるうちに僕の目的によく合った教材だとわかったのだ。この教材は英語の語順で、英文をアタマから理解してゆく読み方(聴き方)を習得する事を目的としている。アタマから訳して行くと当然日本語としては不自然になるのだが、帰り読みをしないので読解のスピードは飛躍的に早くなる。関係代名詞も怖くない。そもそもネイティブはその語順で理解しているのだから日本語の不自然さは問題ない。翻訳など、キレイな日本語に訳さなければならない時にはまた別な技術が必要にはなるけど、それは別問題。とても良い教材だった。

 

読む、聴く、書くは独学するのに困らないが最後の問題は面接のスピーキングだった。準1級の面接では試験官と、新聞記事に載っている程度の時事問題について軽い意見交換をしなければいけないのだ。

これに役立ったのが名著「瞬間英作文」だった。この本を見た瞬間とても良い本だと分かった。

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そして、2級合格から2年後、50歳で何とか準1級に合格。特に英作文は満点を取った。勉強を初めて5年、振り返ってみれば無題のドキュメントな時間が多かった。きちんとやっていれば2年で出来たと思う。独学とは無駄が多いものだと思う。そしてその後は1級を目指そうとも思ったけど1級用の単語帳を見て萎えた(笑)目眩がした。あるサイトによると、1級レベルの単語は、新聞なんかを100万語読んで2度出くわすくらいの頻度の難解な単語が多いそうだ。そんな単語を一生懸命覚える気にはなれなかった。実用レベルの単語や構文を覚えた方が現実的だと判断してそれ以上の英検は断念した。一度だけ娘に付き合ってToeicを受けたがスコアは820点だった。準一級を持っている人としてはまぁ順当なスコアだ。

それからは、ボランティアで英語観光ガイドをやったり(これは、さまざまな旅行者と触れ合ったり、素晴らしいボランティア仲間と知り合ったり、とても有意義な活動だ)翻訳の勉強をしたり、61歳になった今も、グダグダと英語人生は続いている。

 

追記

英語学習は、もう一つの趣味である楽器演奏など、いろんな趣味や、勉強がそうであるように、底なし沼だ。これで終わりということがない。どこまで勉強しても知らない単語は出てくるし、理解できない文章にも出くわす。映画を字幕なしで理解できる訳でもなく、そんな時は無力感に襲われる。投資した莫大な時間に見合った効果があるとは思えない。まあ、趣味とはそんな物なのかも知れない。ボケ防止のトレーニングだと思って続けるのがシニア学習者の正しい態度なのかも知れない(笑)

それでもまぁ、ネットサーフィンしてていきなり海外のサイトに飛んでもそれほど困らないし(インターネット上の情報の6割は英語だと言われている)街で外国人と話すのも楽しいし、役に立つこともある。

2011年の福島原発事故の際は、日本国内の報道がいまいち信用できない中、海外の新聞、ニュースサイトを読んで情報を集めたりもした。1つの事象を内と外から見ることの大事さを痛感したりもした。

また2011年、パキスタンアメリカ軍特殊部隊によって9.11のテロ事件の首謀者ビン・ラディンが殺害された事件があった。

この作戦の顛末が,実際に参加した隊員によって書かれた本「No easy day」が2012年にアメリカで出版された。どうしても読みたかったが翻訳が出るまで待てず、ちょっと背伸びして原書を読んだ。翻訳版が出たのが2年後だったから、大分早く読めて嬉しかった記憶がある。暗殺計画がどのようにたてられ、実行されたのかが良くわかった。この本は後に「ゼロ ダーク サーティー」と言うタイトルで映画化された。